今日は今年最後の日。これを普遍的な言葉で大晦日と云うのであります。
思えば今年は昭和も100年の節目の年。
神社で戴いてきた「生命の言葉」も正月の初詣に昭和天皇のお言葉、そして昨日のお礼參りに上皇陛下のお言葉が記されており2つ並べてみると感慨深いものがあります。
毎年同じ様な事ですが、今日と云う特別な1日も普段と特に変わったところは無く、いつもの休みと同じく朝はゆっくりお散歩をし、お昼頃に近所の魚屋さんで正月に食べる刺身を賈いに行き、そのついでに近くのおでん屋さんでおでんを賈ってきて、そのまた更についでに二級酒なんか用意してお昼はこれで一杯やっておりました。

今日は特別な日なのです。これ位の贅澤を致します。
終わりは通過點
最近は地元の友人とも話しましたが「年末年始が區切りではなく只の通過點になりゝある」と言うのです。私もそれは同感です。
昔は1年が終わると、まるでそれ迄とは違う別の世界に飛んで行ってしまう様な感じでありましたが、今は只、時が移ろいでいくだけの一つの出來事に終始する感であります。
お互いに「歳を取ったな」と笑い「來年も宜しく!」と言って仕事を上がったものですが「1年や斯くも早くなりにける」と云ったところであります。
時間がどんどん早くなっていってしまうのにはこうした心境の変化もあるのかもしれません。
しかし長い様で短きこの1年、思い返してみれば樂しい思い出で一杯です。
それも今になってみれば本當に今年の出來事だったのだろうかと思うものも少なくありません。
いざ思い出せば遠い昔の様にさえ思える今年の正月、もう少しでまた同じ様な瞬間を過ごすのだろうかと思うと年末の静まり返った町に暮れていく夕日も不思議な光を投げかけ時折吹く冷たい風も目の前の何でも無い眺めを美しくさす様に思えます。

春は花見、夏は夕涼み、秋は紅葉、そして冬は枯野見と1年を通して様々な眺めを愉しんでいます。
この木を見るにつけ1年の時の移ろいを改めて思うところにして斯くも大晦日は感傷に浸っているのであります。日本人の心のふるさとです。
慌ただしき日々を過ごして參りましたが、これを以って一つの區切りにせんと欲するのであります。
準備萬端
さあ、あとは年明けを迎える迄です。
昨日迄に掃除を濟ませ、いさゝかの飾り附けも終えました。
年賀状もバッチリ仕上げ、元旦の到着は間違いありません。

玄關に飾りを附けます。

鏡餅は近所のお餅屋さんで賈って來る昔乍らの逸品。
イマドキのパック餅には無い温かさがあります。
橙に裏白も用意して金紙を屏風の様にします。
自分でやるからこそ思い入れも一入。來たる新年の幸福を祈念致します。

居室には戴き物の京王線のカレンダー。

お便所には東日本旅客鉄道株式会社の物。これを称して「JR東日本」と言うのであります。
(…E電なんて言葉、何年ぶりに使っただろう……?)

どこからともなく安賣の品を見附けてくるところに定評があります。
一部ではこうした取組を只面倒なだけと扱われている様ですが、私はあくまでも風情を愉しむ為にやっているので面倒の中にも大切な歳時記を思い日本情緒を心に得るを旨としているのです。
日本人の心のふるさとです。
面倒だからとやめてしまうのは簡單でありますが、そこには多大な損が在ると云う事をどうかお忘れ無き様にと思ってなりません。

数の子の塩抜きをやると、愈々今年も暮れていくのだとしみじみ思います。
これから年越し蕎麦を作る事に致しましょう。

御挨拶
末筆乍ら、本年も當ブログをご覧になってくださった方々に厚く御礼申し上げます。
星やコメントを賜る事もあり、大変嬉しく思っております。
取るに足らないブログではありますが來年も何卆よろしくお願い致します。
年明けまであと数時間。
皆様どうぞ良いお年をお迎えください。
